ユキオ・スピリチュアルラボ ブログ

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霊界の強力さ:偶然の視点

yukiospirit
2013-10-14 21:05:59
投稿訂正
スピリチュアリズム

霊界というと、何かつかみどころのないもの、頼りないもののように
思えます。しかし、シルバー・バーチははっきりと宣言します

「背後に控えてくださっている力は宇宙最強の力です。これに刃向か
える者はいません。これを打ち負かせる者はいません。その働きを
阻止できる者はいません」(シルバー・バーチの霊訓10,p162)


この力強さとは具体的にはどういうことなのでしょう?人間がその
力を洞察しうることの一つには、偶然のタイミングというものがありま
す。

例えば、ある人Aさんが、その人にとってはあまり出世も望めない職場
で、短期契約のもとで働いていました。その職場の上司は、Aさ
んにもう一期働いてもらう予定でしたが、たまたま忙しくて、契約期間
切れ近くになっても、Aさんにそのことを伝えていませんでした
。Aさんは契約がもうすぐ切れることに、大きな不安を抱いていました
。すると、ある別会社Bで人手不足が生じ、次の職が決まらない
Aさんの職歴から、B社にはふさわしいと判断して、Aさんに短期
契約のもと職のオファーを出します。しかし、会社Bの新たなな職場
は上下関係がきびしく、Aさんにはまったく合わず、苦痛だけになって
しまいます。そこで、会社Bの責任者は、短期間でAさんをやめさせ
てしまいます。Aさんは途方にくれそうでしたが、たまたま会社Cが
新部門をたち上げ、その部門に必要な能力をすべて満たしていたA
さんを発見し、Aさんは会社Cの幹部候補として雇われました。その
仕事はAさんが長年夢みていた、職種でもありました。非合理な
上下関係を許さない会社Cの社風もAさんにぴったりでした。

このように、Aさんは短期契約の労働者の身分から見事、幹部候補
の職を得たのですが、多くの偶然がそろっていなければ起こり得な
いことでした。もし、最初の職場の上司がAさんの次の期間の契約
を忘れずに伝えていたら、Aさんはその会社で働き続けていたで
しょう。もし、B社の社風がAさんにあってAさんが快く受けいれ
られていれば、AさんはB社の短期契約の更新をあてにし続けて
いたでしょう。もし、C社が新部門立ち上げを別の時期に行って
いたなら、、、。

このように、直接にはまったく関係のない事柄が偶然にもタイミングが
あって、Aさんにもっともふさわしいことが起きたのです。完全に用意
されていたとしか思えません。タイミングは、偶然なのですから、
人間にとっては、コントロールすることはできません。しかし、いくつか
の偶然をとおして、霊界は望むことを用意してくれるのです。このよ
うに個々の人間を越えた強い力を、偶然のタイミングの中に洞察する
ことができます。

人間には偶然のことでも、霊界では偶然ではないようです。「偶
然は存在しない」ということは、おそらくそういうことなのでしょう。
同じ事柄でも、認識される仕方、コントロールの可能性が、日常的な
物質面からと、霊的な視点とでは、なったく異なっているのです。


花はゆっくり開く

yukiospirit
2013-10-06 19:09:02
投稿訂正
ホワイト・イーグル

マンガの一休さんは言ってましたね「あせらない、あせらない、一休み
、一休み」。

これは、精神世界やスピリチュアルな学びに、とても重要なようです。
焦る、焦らせる環境こそがまじめな世界、との教育を受けてきたか
つての私にとっては、真逆の価値観でした。焦っていなくては、
充実していないとの勘違えさえしていました。

ホワイト・イーグルも一環しています:
「もしも貴方の望みどおりに物事が運ばないときは、もっと良い具合に
それは進んでいるのだと知りなさい、信じなさい。決して忘れてはい
けませんぞ、本当の道とは愛の道であるということを。花は無理
やりに花を開こうとはしません。太陽の中に、ゆっくりと、満開
の花を開いていくものです」

焦らなくていいんです。一歩一歩、進んでいきましょう。


宇宙は心により出、宇宙のすべての中で働く知性、自然科学をも含む

yukiospirit
2013-09-26 20:09:31
投稿訂正
スピリチュアリズム

以前、ホワイト・イーグルが「物体はすべて幽体を持っている。」と
書いていたのを引用しました。同じことが、ヨガの達人の一人
であるヨガナンダによっても書かれています:

「どんな物体にも、その背後には、色のついた光で描かれた幽
体の青写真があります、、いわゆる”命のないもの”の中にも生命
は脈動しています」(「人間の永遠の探求」ヨガナンダ講話集p.2
56-)

ホワイト・イーグルもヨガナンダも一致した見解であれば、信憑性があ
ります。

さらに踏み込んで、ヨガナンダは物質の根源まで説明します:
「あなたがたは、神の製造工場、、へ行くことができれば、この世
のものがいかに神秘的な方法で物質化されているか見ることができ
ます。、、、全宇宙は神の心の中の一つの想念にすぎません。
」(同書)

つまり、物質は、神様の心の想念が変化したもの、おそらくは固まっ
たもの、と表現してよいかもれません。
幽体は心の一部ですから、物体がもともと心からきたものであれば
、物体が心の性質の一つである幽体をもっていてもおかしくはない
ことになります。さて、こう書けば単なる神秘主義のようですが、そ
うではなく、ヨガナンダによれば、この世のもの、そして全宇宙が、
神の知性によって制御されています

「宇宙に浮遊する無数の銀河系は、人間にも想像できないほど複雑で
緻密な数学的法則によて運行されているのです。すべてのものが
完全な秩序を保って動いています。なんと驚くべき知性でしょう。無限
なるお方が、すべてのものの中で働いてているのです」(同書)


以上からわかることは、スピリチュアリズムやヨガは決して反科学ではない
どころか、物質的側面の法則性を扱う自然科学を含んだ巨大なフレーム
ワークを提示するものであることです。


平和はどこにあるのか

yukiospirit
2013-09-18 23:30:25
投稿訂正
ホワイト・イーグル

スピリチュアリズムは平和を重視します。ところで平和はどこにあるのでし
ょうか?

ホワイト・イーグルによると
「貴方は平和とは、お互いの善意、国家間の善意、武器を使わない
ことだと考えておられる。だが、平和とはそれ以上のものです。そ
れは心の中でのみ理解できるもの、またその内部で実現できるものです
。平和は、、、感情や思考のその下にあるものです。それは魂の
深い深い沈黙と静寂の中にあります」(ホワイト・イーグル「自己を
癒す道」桑原啓善訳 p.124-125)

確かに平和のためには、人や国家の間の善意が必要です。その善
意を維持するには、感情や思考に支えられる必要があります。感情が
憎しみや怒りに支配され、また思考が様々な疑惑に向かえば、善意
は失われ、平和は崩れます。感情や思考を支えるものとして、感情や
思考のさらに奥に「魂の深い深い沈黙と静寂」があります。これこそ
が、平和の礎だとホワイト・イーグルは主張します。

精神統一や瞑想では、感情や思考のさらに奥にいき、静寂に到達す
ることが理想的です。思考のさらに奥なのですから、これは、たやす
いことではありません。しかし、「内部で実現できるもの」です。ホ
ワイト・イーグルの文は平易で頭では理解しすいのですが、たいへん
な実践・経験に裏付けられています。


放蕩息子(ルカ福音書)をスピリチュアリズムから解釈

yukiospirit
2013-09-13 08:50:57
投稿訂正
スピリチュアリズム

ルカ福音書に「放蕩息子」のお話があります。

父から、二人の兄弟が財産を半分ずつもらいます。弟の方は、遠
い国に旅立ち、その財産を無駄使いして、困りはて、罪の意識をも
って父のもとに帰りました。雇人にしてもらおうとしましたが、
父は大喜びして、一番よい服を着させて、指輪を与え、生贄の
牛を捧げ、お祝いを始めました。

兄は言いました「私はずっとお父さんのもとで仕え、言いつけに背い
たことはありません。それなのに、子やぎひとつもくれなかったではありかせんか」


父は言いました「子よ、兄であるあなたはいつも私といっしょにい
る。私のものは全部あなたのものだ。だが、あの弟は死んでいた
のに生き返った。祝いはあたりまえではないか」

通常のキリスト教の解釈では、弟は悔い改めのため、神から受けいれら
れ、傲慢な兄はパリサイ派、ユダヤ人とみなされます。他方、キリスト
教から離れた解釈としてダスカロスのものがあります。ダスカロスによれ
ば、弟は人間を表し、兄は大天使(自然霊の一種)です。

人は、善悪、左右、など相対的なものからなる世界にはいります(
旅だった遠い国)。相対的な選択があるからこそ、自由意志が行使さ
れることができます。自由意志があるため、放蕩もその選択肢になりま
す。その経験をへて、人はある覚醒を得、父のもとに迎えられま
す。生贄を捧げられることは、人が最終的に物質との関係を断ち切る
ことを意味します。与えられた指輪は、輪であり、循環、過去・
現在・未来を人は認識することができる存在であることを示し、人は
、その時間の経過の中で、原因・結果の法則も学ぶことができます
。人は相対的な世界の中で、自由意志を行使しながら成長するコー
スを選んだ存在なのです。

それに対して兄は、大天使(自然霊の一種)であり、自由意志では
なく、神の意志のとおりにもくもくと働き続けます。自然界の形成、
生物の身体や様々なエネルギー循環などは、休みない彼らの働きによるも
のです。ダスカロスによれば、彼らは、過去・現在・未来を認識する
ことはなく、時間は「永遠の今」です。兄は物質の世界で肉体を
もったことがないため、生贄をささげる必要、つまり物質との関係を断
ち切る必要はありません。

人は、神の完全性が、相対性の中での時間的成長として現れた
ものであり、大天使は、神の完全性が無時間的な持続的な働きと
して現れたものと考えることができます。どちらも、父である神の完
全性の表現であり、だから兄弟であり、どちらも父の愛の対象であ
り表現です。

スピリチュアリズムの観点、むしろ密教的な観点といってもいいかもしれ
ませんが、伝統的キリスト教から離れた、「放蕩息子」のこの解釈は
、人間とは何かを大天使との対比で説明した点で、多様性と豊
かさをもっています。

参考文献:「キリストのたとえ話」ダスカロス、 根本訳.p.196
-


高級霊は見捨てない

yukiospirit
2013-09-09 13:49:33
投稿訂正
ホワイト・イーグル

私たちひとりひとりは、導いてくださる方、守ってくださる方々と離れる
ことはありません。意気消沈する時もありましょうが、そういう時、
力になる言葉です:

「いつも建設的な力を働かせておきなさい。良いことがあると信じな
さい。一番良いものが今起こりつつあると、それは必ず起こるんだと
、こう信じなさい。私たちはあなたを見捨てることはありません。私ど
もは神の子供たちであって、神の使徒です。私たちがあなたを見捨
てることは決してありません。兄弟たちよ。」

(「自己を癒す道」ホワイト・イーグル。桑原啓善訳 p.170-
171)


テスト

yukiospirit
2013-09-07 23:11:54
投稿訂正
スピリチュアリズム

スピリチュアルな進歩を遂げていく時の重要な試練として、へりくだりの
テストがあるといいます。

以下はホワイト・イーグル「光への道」からです:

「霊的な道を前身する魂は自分の進歩と力に得意になりやすいもの
です。初めは人類に奉仕したい純粋な願いをもって出発したわけで
すが。ある程度進歩しますと、こう感じはじめます。自分は立派な人間
なんだ、素敵な仕事をしていると。、、『そうだ、私はたくさ
んの犠牲を払っている』、、、この魂は思いがけぬテストに直面せ
ねばなりません、霊的な忠誠と真理、またへりくだりということについて
。」
「その魂は知っているのです、私は偉大でもない、ずば抜けた者で
もない。だって自分一人では癒せない、教えることも、慰めを与える
なんてできない。」(「光への道」桑原訳、p.98-99)

へりくだりは、得意になることや傲慢の反対ではありません。つまり
、自己卑下ではありません。すべてよいことは,自分を導いたり教え
てくださっている方々と共にあることで与えられることを、再確認しな
がら進むことです。


トラブルというチャンス

yukiospirit
2013-09-02 19:50:44
投稿訂正
苦しみ・困難

人は、思いもよらない困難で苦しい経験をすることがあります。その
ことについてホワイト・イーグルが述べることを紹介します:

「そんな時、慰めや安らぎを求めてもその目的をはたすことができま
せん。、、人々はカルマの教えに憤慨します。、、『私はこんな
ことをされる覚えはない』『どうしてこんなことが私に起こらなければ
ならないのだろう?』困難は機会が変装している姿であることに気が
ついていないのです。このような状況が人生でおこらなかったならば
、スピリチュアルな成長を遂げるための機会が奪われてしまったかもしれ
ないことが、わかっていないのかもしれません。その出来事がなかった
ら、ある種の仕事をする機会、それがきっかけでであった魂と会う
ことがなかったかもしれないのです。」(ホワイト・イーグル ヒーリング
 コンパクトブック 大内博訳 p60-)

困難や苦しみの体験もまた、それによって成長や出会いの機会が用意さ
れているかもしれない、そこまであちらの英知によって見通され、準備
されている、そういうことが読み取れます。さらに、その困難や苦しみが
死別だとしても、スピリチュアリズムによって、他界した人は存在しこの世
に残された方々を愛し続けていることを示す経験が与えられます。
そしていずれは再会できることに希望をもつこともできます。


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