ユキオ・スピリチュアルラボ ブログ

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クリスチャンとは、、、

yukiospirit
2013-07-29 18:10:24
投稿訂正
スピリチュアリズム

キリスト教の歴史は長く、一概にこうだと言えるものではありません
が、少なくとも言えることは、神は理性だけではとらえられず、救い主
を信じる人がクリスチャンである、という部分は変わらないように思います
。つまり、理性との分離ということが、大きな流れであるようです。


スピリチュアリズムでは、理性こそが通るべき道であるとされます。ダ
スカロス「キリストのたとえ話」でこう説明しています:

イエスは「私は羊の囲いをたくさん持っている」と言っています。
そしてイエスのいう「私にはこの囲いに入っていない他の羊もいる
」の「囲いに入っていない」人々はキリスト教以外の宗教宗派や信念
体系に属している人々であり、イエスはそのような人々も等しく面倒
を見ていると、ダスカロスは主張します。つまり、キリスト教信仰の枠
にとらわれない存在として、イエスを理解しています。

ヨハネの福音書の表現を使って、「ロゴスはこの世界にやってくる人間
一人一人を照らす光である」。ダスカロスによれば、このロゴスと
は理性であり、そして自己覚醒した意識であると説明したあと、はっ
きりと次のように表現します:

「誰しもその内側に、この世界にやってくるすべての人間を照らし出す
光を持っているという意味で、人間は一人一人既にクリスチャンなの
だ」

分け隔てをつけない考えをここまではっきりと表現することは、キリスト
教では異端かもしれません。しかし、一人一人の内なる光を、
いかなる権威よりも優先することが、スピリチュアリズムの大きな特徴の一つ
と思われます。

権威主義に流されず、恐れず、ということは、いつもできることは困
難なことかもしれませんが、自戒も含めてあえて、ここに記しました



霊に知られていることは、恐怖ではない

yukiospirit
2013-07-27 19:43:44
投稿訂正
スピリチュアリズム

霊は、私たちのことを事細かく知っています。心配する人は言う
かもしれません、霊に知られていることはプライバシーもなくて怖いと
。それに対して、英国王室御用達の霊媒コンチェッタ・バートルディはこう答え
ています:
「眺めていますよ、もちろん。それにおばあちゃんは、ちゃんと知って
ますよ。風呂場にいても寝室にいても、私たちのことを見てい
ます。慌てることはないのよ。覚えておくべきことは、亡くなった人
たちには肉体はないということ、体のことは覚えているけど、もう
まったく関心の対象にはならないのです。、、亡くなった人たちは、
私たちの秘密、内緒事も全部お見通し。、、、もう一度言いますが、
ご連中の目には、どれもこれもが人間の当たり前の行動なの。善
悪の判断はくだしません。、、、暮らしの中でのお祝いごとには、
一緒になって喜び、悲しみや心痛を感じている時は付き添って歩いて
くれるのです」(超入門 転生の秘密、p.93-藤野訳)

つまり、霊の側では見えているが、肉体のある人間はそうやるもの
だと思い、プライバシーには関心を示さない、しかし、霊の側では
人を愛していて、喜びも悲しみもともにしてくれているということ
です。

亡くなった方々を恐れる必要はまったくないどころか、この世に残された
人々をいつも見守り、愛してくださっているのです。


道は違ってもすべて善

yukiospirit
2013-07-24 23:41:33
投稿訂正
ホワイト・イーグル

人は考え方、価値観、生き方、様々です。それについて、ホワイト・イ
ーグルは次のように書きます:
「正しい道は一つとは限りません。個々の魂によって、巡る道は違
うのです。」(「光への道」桑原啓善訳p.16-)

そして自他の違う道、それぞれを大切にすること、善であることを主
張します:
「私たちは自分固有の道をしっかり歩まねばならないのです。、、
、私たちの道は隣の人の道ではない。隣の人の道も私たち
の道ではない。、、、どの道も善なるものである。」

なぜ、違いのあるのかをホワイト・イーグルは説明します:
「本人の意識のレベルに応じて、本人固有のカルマに応じて、また
人類の霊的進化を目指す大いなる計画の必要に応じても。」

もちろん、カルマを狭い意味で罰ととらえるのは適切ではありません
。カルマ=学ぶべきことととらえましょう。それぞれが、様々な環境と
条件の下に別様に成長して、個性のある花を咲かせていく、そのよ
うに人も成長していくことを思わせます。また、個々の成長の有り
様の違いは、霊界の全体の計画「大いなる計画の必要に応じて」で
もあります。

人間個々の独自性を通して、大いなる計画が遂行されていくのです。
人と霊界との妙技といえましょう。


タオと高級な存在

yukiospirit
2013-07-21 18:11:04
投稿訂正
東洋思想

高級霊や神的な存在は、なかなか素性も名も明かさないと言われま
す。この態度をよく表現しているものの一つは、老子のタオについての
次のくだりではないかと思います:

「万物はそれに頼って生まれてくるのだが、タオはそのことを人
に吹聴したりはしない。造化の仕事をしとげてはいても、タオは
その功名をわがものとはしない。万物をはぐくみ育ててはいても、
タオはそれらの主人とはならない。このように永遠に無欲であるからに
は、タオは微小なものと呼べるであろうが、万物がすべてここに帰属
してくるのにそれらの主人とはならないのだから、タオはやはり偉大
なものと呼べるであろう」(「老子」金谷治訳,p.115-)

老子は有神論ではないと言う人もいますが、このくだりは、まさしく
、高級霊や神的な存在のありかたそのものではないでしょうか。
スピリチュアリズムの高級な存在をあらわすときの「高級」の意味は、ま
さに老子のいう最後の「それらの主人とはならないのだから、タオは
やはり偉大なものと呼べるであろう」の意味ではないでしょうか。


祈りがかなえられること

yukiospirit
2013-07-18 23:17:42
投稿訂正
スピリチュアリズム

シルバーバーチのメッセージを伝えたバーバネルがとても感動的な内容を、
実体験によって紹介しているのが「これが心霊の世界だ」(近藤千雄
訳)です。

その中の第五章「祈りがかなえられる」(p.68)では、メガホ
ンから直接声がして話す交霊会のことが紹介されています。その
交霊会は、霊能力者ロバーツ女史によるものです。ある日メガホンから
、ロバーツ女史の知らない女性の声が発せられます。「私はベッシー・
マニングと申します。この前の復活際の日に結核で死にました。弟
のトミーもここにいます。弟は交通事故で死にました。母があなた
の心霊紙(バーバネルが主筆)に出していた記事を読んで、レッドクラ
ウド(ロバーツ女史の司配霊)がいつか私をここに連れてきてくだ
さうように祈っておりました」。そして、その声は母のいる住所を
知らせ、母に交霊会に出席するよう伝えてほしいと、バーバネルに頼み
ます。

その住所へバーバネルが電報を出すと「母親」に無事届けられ、母親
は大変よろこんで、娘のベッシーと再会を果たすのです。ベッシーが伝え
た、住所、ベッシーと弟の他界の仕方、母が祈っていたことは、
ことごとく本当であったのです。

祈りは霊界を動かすこともあることを示す、貴重な事実ではないでし
ょうか。
人はけっして、霊界に動かされるままだけの存在ではありません。祈
ることで、心と心のかよった霊交が可能なのです。


神道とは

yukiospirit
2013-07-15 21:45:35
投稿訂正
宗教とスピリチュアリズム

神道とは、日本の国家のためのものであり、それが国家神道として
結実し、過去の戦争を通して他国へ多大の損害をもたらしてきた、「
悪い」ものであると認識する人も多いと思われます。実は、筆者も
過去はその一人でした。

しかし、霊力の顕現による救いを目のあたりにし、180度その見かた
の変更をすることとなりました。

もともと神道は国家神道ではありません。以下は「神道の神秘」(
山陰基央)からです「神道には確固とした組織というものがなかった
。、、」
そして、山陰氏によれば、明治時代の西洋文明導入で、日本の伝統
文化を愛するものは時代遅れとされ、、、神道はその激動の中で、
いびつな国家神道に変形され、西洋崇拝の反動のような、グロテスクな
民族主義を注入された。
国家神道は「神道にとって異例の事態だった。」

大戦の敗戦により、さらに神道は衰退の一途をたどり、日本に「歴史
上の、どの時代・場所にも見出せないほどの、現世的・物質的・無
神論的社会の発生」が起きたと山陰氏は説明します。

文字数制限が近くなりますが、スピリチュアリズムは、グロテスクな民族主義
に走らず、日本人の精神基盤になりうるのではないか。しかも、既
成宗教と共有するものを保持しつつ、特定の政治的団体に利用される
こともなく、さらに神道のようにもともと確固とした理論がなかった
宗教にも、理論的支柱を提供するものになりうるのではないか、そ
う期待もいだいています。


自殺について

yukiospirit
2013-07-10 13:56:52
投稿訂正
スピリチュアリズム

自殺された方が、どうなるかは、様々な状況、動機によります。
こうしたら必ずこうなると、裁きの座に自分を置くようなことは、
避けるべきだと考えます。このことはシルバーバ─チもふれています
(霊訓9、p.207-):
ー自殺者は死後、どのような状況におかれるのでしょうか
シルバーバ─チ「それは一概にはもうしあげられません。、、、地上
生活を勝手におわらせる権利はだれにもありませんが、自殺にいたる事
情には酌量すべき要素や環境条件がいろいろとあるものです。」
ー自殺行為は霊的進歩の妨げになるのでしょうか
「もちろんです」
ー神は耐えきれない苦しみを与えないとおっしゃったことがありますが
、自殺においやられる人は、やはり耐えきれない苦しみを受けるからで
はないでしょうか
シルバーバ─チ「それは違います。、、、例外があることから申し上げ
ましょう。いわゆる精神異常者、憑依されている場合もあります、、


ひとつだけ言えることは、逃避目的のほとんどの場合は、自殺しても
、「逃れたはずの責任と義務の観念が自分につきまとう」(同書p.
209)ため、ラクにはならず、苦しみは少なくともしばらくは増加する
であろうということです。

しかし、苦しみは永遠ではありません。遺族の方が希望をもてなく
なるということは決してないと考えます。


思念と実在

yukiospirit
2013-07-10 10:09:08
投稿訂正
スピリチュアリズム

今回は少しだけ知的な視点からです。

思考だけでは実在とはいえない、なぜなら感覚によってとらえられない
からである、との立場は哲学者カントによるものだそうです。この時
から、どうも思考と実在が分離されていく風潮があるようです。

この分離は、スピリチュアリズムでは解消され、思考と実在がもう一度結
びつけられます。

「霊の世界の人間にとっては逆に霊的なもの、精神的なものがこそ
実質であって、物質が影なのである。霊魂にとって思想とか意念は
地上の固い壁よりも実体が感じられるのである」(「これが心霊の
世界だ」バーバネル、p.35-36)

ある哲学者はいいます、思考や心にも実体を認めることは実体二元論
である、心が物質に影響すれば、エネルギー保存の法則に反すると。
しかし、この批判は、「無から宇宙ができる」科学的な説もあるこ
とから、まったくの時代遅れであると言えます。無が実体を創造するな
ら、無の方が実体のもとであるとこととなり、実体なる概念が意味
を失うからです。さらに、エネルギーや宇宙の創造まで視野を拡大すれ
ば、エネルギー保存そのものが意味を失います。

しかも、スピリチュアリズムは二元論ではありません:「地球をも含めた
各階層が渾然一体となって」(「これが心霊の世界だ」バーバネル、p
.41)いるとされます。

学者ぶった批判にまどわされないことが肝心です。学や知識へのこだ
わりが、かえって自らをしばりつける固定観念を作り出すことがしばしばです



老子の感覚

yukiospirit
2013-07-08 22:30:51
投稿訂正
東洋思想

今日は老子の言葉からです:
「世界のすべての現象にはその始源がある。それは、この世界の
すべてを生み出す母であるといえよう。その母、つまりはタオを把握で
きたなら、それによってその子供である万物のことがわかる。、、、
感覚器官をふさいで知識の出入り口をふさいでいれば、一生の間疲れる
ことはないが、感覚器官を開け放していろいろな仕事をしていけば、
一生の間救われない。
  感覚器官ではとられられないような微小なものを見抜くのを、
明智といい、柔らかな弱々しい立場を保ってくのを、本当の強さと
いう」(金谷治訳)

万物の始源がタオである、、、少し宗教じみていますが、特定の
宗教に限られない広い立場をとっています。感覚器官をふさいで知識
の出入り口をふさぐとは、精神統一や瞑想を表していると思われます
。そして、感覚器官ではとられられないような微小なのを見抜くこと
は、通常の感覚ではないものを扱うスピリチュアリズムにも近いような
気がしてなりません。

老子からは、スピリチュアリストにとっても、参考になることが多いと感じ
ています。


平静さ

yukiospirit
2013-07-03 13:28:34
投稿訂正
ホワイト・イーグル

「重ねて言います。平静さを養いなさい。人によっては難しいでしょう
。いろんな想念がオーラに飛び込んできて、ぐらつかせ、時には嵐の海
のようにもしますから。しかし、努力すれば、平静でありうるし、
また、そうなります、、、、、こういう思念の統制は一瞬に、いや数
週間や数ヶ月でできるものではありません。長い年月にわたる強い意志
による忍耐と努力、これによってできるものです。」(「自己を癒す道
」p.45)

ホワイト・イーグルは。「平静さ」を何度も強調する点で、東洋の
境地と大きな共通点をもっています。そもそも、仏教の目標は静寂涅
槃です。環境やまわりに左右されない境地ともいえます。

静寂が深まるだけも、健康は改善しますし、さらに深まると喜び(法
悦)が生じ、人によっては、不思議な現象がおきてきます。平静さ
は宝物であると気がついてきます。

そして、平静さは、日々の精神統一や瞑想、そしてよく自分を観察す
る等々、そういう地道で長年の努力のたまものであるとホワイト・イーグ
ルは言っているのでしょう。

ご注意:健康目的や心を整えること以外の目的での瞑想には、危険
が伴います。その場合、必ず経験豊かな方の指導のもとに行いましょ
う。


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